まるで表情も変えずにこいつはひとを斬る。それは当然のことながら異常と言わざるをえない状況であるのだが、なんとなくその光景を見ていると、俺はこの場所でこうして死に埋まっていたっていいんだな、と、奇妙な、つぶされそうになるほどの安心感で満たされる。ふと動きが止まって、昼も夜も今も一日中眠たそうにしているあいつの瞳が俺を見た。なにかを問うているような、哀しくも、うつくしい黒々としたつめたい瞳だ。瞳孔の黒さが、機関銃の銃口を思わせる。ずきゅうんと、引き金を引かれた気分でもあり、そして、また、知らぬまにに安堵している。なんでさァ。こんなところで。野暮ったく、俺は呟いた。すると刀を持つ手を下ろし、あいつは黙ってうつむくだけ。目線の先には濡れてすこしの布がへばりついた肉の塊があった。敵はいまだ勢いを衰えさせること無く、つぎつぎと羽虫のようにわいてきて、手を止めれば、すぐに、武器を手に持っているだけの、木偶の兵に囲まれる。だから俺は刀を手に取る。戦場に身を置く者は俺とあいつと、足元の屍だけ。おっと、これはまだ屍ではない。すがるような目つきで俺を見上げた肉の塊は、がらがら声で、息も絶え絶えに言った。たすけてくれ。たすけてくれ。俺は耐え切れず、訴えてくるその汚い目を横一文字に切った。ぱっくりと割れる眼球と血がふき出す前の肉の境目。ああ俺はそうやって逃げるだけのみにくいにんげんなのだった。あいつもまた、手を動かす。作業的に、家畜かなにかを相手にしているのかとおもうほど、無表情のまま、ひとを。斬る。斬る。斬る。気持ちよくなるくらいにばっさりと、斬る。冷酷無比な羅刹のごときこの姿に恐れをなしたか。やっと、敵は武器を投入するのをやめた。賢明な判断だ。自分のものなのかそれとも返り血であるのかわからぬような、赤い液体にまみれて。すでに、影はふたつのみ。

これは、終わらない、戦いなのだろうなあ。あぁ、綺麗な朧月夜。

政治的なことはよくわからないが、そう感じて、それでも、とりあえず俺とあいつが生きているうちにこの戦が終わって欲しいなと願い、十数年生きてきていまだ会ったことも見たことも無い神とやらに柄にも無く祈った。そしたら理由もなくむしゃくしゃしてきた俺は、足のそばに落ちていたてきとうな男の頭を蹴ってやった。どこ、どかっ。ごろん。鈍い音をたて、血の飛沫をびちびち飛ばしながら頭は死体の上を転がった。とりあえずいまは、血に麻痺していたので、特に何も感じなかった。むしゃくしゃしていた気分が、多分、ちょっと晴れた。見れば、あいつはなんだか泣いているようだった。黒い髪に血が滴っていた。顔も体も手もぜんぶ血だらけで、持っていた刀は鍔のところまで血にまみれている。びっしりまっかな敵の城のまんなかで無防備に泣いていた。小さくて、触ればこわれてしまいそうな肩を震わせて。ちょっと、ほんのちょっとだけだが、きれいだなあと思った。そして、こいつは、女なのだなあ。とひさしぶりに感じた。泣くなよ。俺はひとりごとのように、言ったつもりだったが、こういうときばかり、あいつは溶け出してしまいそうな潤んだ大きな目で俺を見る。つうと頬を伝った涙は透明な赤色をしていた。ごめんなあ。かすれた声でたしかに言った。薄い桃色の唇がいびつな形で、やっと、こさえた言葉だった。

へんなやつだなあ。へんなおんなだよなあ。

おもえばこいつは隊の中で唯一の女であることを恥じていた。端正な顔に、胸もでかい。はたから見ればうつくしい、年頃の、それなりに上等な女だったのかもしれない。だが俺はこいつを女として見ていない。だから、そういうの、よくわからない。
いつでも眠たそうにしていた。寝間着の浴衣の胸元をがばっと開いてさらにあぐらを書き、寝癖のついたままの頭で、しかしきちんと腰にさした真剣の柄に手を置き、もう片方の手で頬杖をついて、ときおり甘味もまじえながら縁側でひとり、一日中うつらうつらしている。そんな、どこかぬけている、野良猫のような女である。これの何がウケるのか。ただの下品なオトコオンナとしか思えない。しかし隊の中でこいつにほれている男は多いのである。この世の七不思議のひとつにしてもいい謎だ。このけだるさがいいのか。それとも俺と張るほどサディスティックで、腹の立つあのひねくれた性格がいいのか。それとも男ばかりの隊の中での紅一点というポジションがいいのか。・・・もしそうだったらそれは間違いだ。こいつは可愛らしい華の紅なんかじゃない。なかみはどうせ、俺とおなじ、冷たい黒色なんだろう?ああしかし、なぜこいつを気に入る男が後を立たないのか。幾度も手ひどく振られたってこりずにたちあがる男たちが存在するのか。俺にはわからん。一生わからんでいいそんなもん。あー、あー。
いやいや、読者諸君。そんな女でも戦場の最前線に立って一人、化け物じみた、気圧されるほどに激しく、誰より圧倒的な戦いをするのだから。戦場では女も男も関係ないのだ。強ければそれでいいのだ。しかし、こいつは今泣いている。ぐずぐずと泣くのは、よわっちい女にだけ許される特権なのだと思っていたが。このやたらと強い、俺なんかよりもずっと強い、孤高の女は、真っ赤に汚れた床に膝をついて、血にぬれた、でも女らしい柔らかい指で顔を覆い、しくしくめそめそと泣いている。ひどくこっけいなこの様子を、こいつに剣技でいつも負かされてその度に部下に八つ当たりする、あほづらのばかのくそやろうのマヨラー土方に見せてやりたいと思った。


なくなよ

なんで止めるのだろう俺にはわからない。こいつは、無愛想で、人の話を聞かない、食事にはカップ麺しか食べないようなばかで、そして、やはり、女なのだ。なにゆえ俺は声をかける。こいつら、かぞくがいるんだよう。女は情けない湿った消え入りそうな声を口から絞り出した。そういやこいつには家族がない。思い出しても大してなにも感じなかったので、無視した。えぐっ、げほっ、と、細いからだをばきんと折るように咳き込んだ。あの日のことを思い出した。ああ、もう、みていられない、と、へたりこむあいつの隣にしゃがみこむ。俺はかつてたいせつなひとにそうしてあげたように、いつもよりもずっと小さく見える背中をできるだけやさしく撫でてやった。うう、うーっ、とくるしそうに低く唸って、そのあと、少し落ち着いたようだった。ごめんな。ごめんな。女にしてはとても粗い言葉遣いで、謝罪の意を、不器用なりに表現しているようだった。笑える。こいつは何を考えているのだろう。自らが斬ってそして、はたかれた虫けらのようにあっけなく死んだ、ただの浪人相手に謝るなんて。ここまで激しい大規模な戦は久方ぶりのことだったので、忘れていたけれど、こいつは去る前の戦場に、必ず、一言、ごめんな。と呟くのだった。ああ、そうだった。いつからか、それがあいつの癖なのだった。俺としたことが、すっかりわすれていた!今日は記憶力の悪い阿呆であるそいつが、その儀式的な癖を忘れてしまって、なにともない違和感に、あせっただけなのだ。そうだ。そうなのだ。と、信じたかったけれど、震える背中を撫でるうちに俺もすこしずつ悲しくなってきた。じつをいえば泣きそうであった。こいつは逃げてなんかいない。俺のように逃げるみにくい野郎でなく、ちゃんとこの現状を受け止めているのだ。と思う。たくさんのにんげんを斬って、それが、生きる糧となるのだと、斬って。そして餌となりはてていったものたちの存在を、足蹴にすることなく、すがるようにその骸をぎうと抱きしめ、たったひとりで、戦場のどまんなかで。涙が涸れるまで。まるで獣が吼えるように泣いている。たかが餌のために、ここまで吼える獣がいるだろうか。あわれなやつだ。そしたら無性に泣きたくなったので、さきほどまでなんとか止めていた涙を、とうとう流してしまった。こいつは、俺の泣く声に気が付いたのか、単に泣き飽きたのか、やっと顔をあげた。そしてしばらく呆けたあと、その涙でぐちゃぐちゃになった顔に、おどろいたような、でも、慈愛に満ちあふれた表情を浮かべて俺を見た。あいつの、丸っこくて、どこまでも黒く澄んだ瞳がこの夜ばかりは怖くてたまらなかった。










0910 Mee